『眠りにつく前に』(ねむりにつくまえに)は、日本のロックバンド、男闘呼組の7枚目のシングルである。1992年6月3日にBMGビクターから発売された。
概要
アルバム『5-1…非現実…』の先行シングルであり、表題曲「眠りにつく前に」は岡本健一が作詞・作曲した唯一のシングルA面で、演奏時間は約6 分47 秒。長尺バラードという挑戦的なフォーマットながらオリコン週間24位を記録した。B面には成田昭次が書いた「やってるね」を収録。両曲ともメンバー自身のペンによる“セルフ・クリエイション路線”を押し出した一枚である。
収録曲
- 眠りにつく前に
作詞・作曲:岡本健一 - やってるね
作詞・作曲:成田昭次
楽曲解説
眠りにつく前に – 官能と内省が交差する“夜明け前バラード”
キーは E minorで静かなアルペジオから始まり、6/8系の揺れるリズムが体温を感じさせる。中盤で複層ストリングスとツイン・ギターが加わりテンポを維持したままダイナミクスを拡張、終盤では転調を繰り返しながらロングトーンのコーラスでクライマックスを迎える。長尺を生かし“静→動→静”の三幕を描く構成は、当時のジャニーズ系シングルとしては異色だった。
〈見つめたい〉〈感じたい〉と“欲望の現在形”をリフレインし、〈朝焼けが夜に変わる〉〈川が流れてく〉といった時間・水のモチーフで“永遠と刹那”の境界を揺らす。サビの〈抱いて 抱いて〉〈愛して 愛して〉は肉体と精神の合一を求めるコールであり、終章の※パート(〈見える世界/聞こえる世界…〉)で可視/不可視の二元論にまで踏み込む。官能と形而上学が同居する詞は、岡本のソングライターとしての個性を強烈に示す。
本曲は数少ない公式MVが制作され、ビデオ作品『彼らと僕、私と自分はみんな仲よし』に収録された 。薄暗いモノクロ映像映像が、歌詞の“水/光”イメージを視覚化している。また2023年から不定期で放送されている岡本健一のTOKYO FM特番も『眠りにつく前に』と題されており 、曲が本人の“夜語り”スタイルのシグネチャーになっている。
ライブでの位置づけ 再結成後の『2023 THE LAST LIVE』高松公演や地方ツアーでも演奏され、ピアノ導入の静寂から一気にバンドが入る展開が“感情のピーク”として機能した 。ステージでは照明が完全に落ち、岡本のファルセットだけが浮かぶ演出がインパクト。
やってるね – ホンキートンク・ロックンロールで送る“労働讃歌”
成田昭次のソロ色が濃い陽性ロックンロール。ホンキートンク・ピアノ風のキーボード、4ビート寄りのシャッフル、合いの手コーラス〈やるね やるじゃない やってるね〉で会場が手拍子になる“古き良き”ロックンロールの趣がある。歌詞は朝の牛乳で始まる日常描写から〈汗水垂らしてガンバレ〉〈働く人々素晴らしい〉へつなげ、労働讃歌をコミカルに描く。A面が官能的・内省的世界を掘り下げるのに対し、こちらは“働く若者のエールソング”としてアルバムのバランスを取っており、ステージではメンバー紹介を兼ねたラストのブレイクが名物になった。
音楽的にはホンキートンク・ブルース/ブギウギのコード進行上にギターのペンタトニック・フレーズを乗せたオールドスクール。イントロの右手ピアノやハーモニカ風シンセが50年代ロカビリーを想起させる一方、90年代的なファンク・ギターカッティングも交え、成田のルーツ指向と contemporaneity を同時に示したナンバーである。
音楽性と制作
本シングルは、メンバー自身が筆を執り“官能の深遠”と“庶民的な陽気さ”という対照的な二曲を提示することで、アルバム『5-1…非現実…』が掲げた“非現実=心の深層”と“現実=日常の逞しさ”を先行して体現した。A面は90年代J-Rockバラードの文脈でありながらプログレッシブな三幕構成を採り、B面はストレートなロカビリー調――ミスマッチに見えて、両曲は“夜”と“朝”の関係で補完し合う。セルフ・プロデュースを強めつつあった1992年の男闘呼組にとって、本作は“アイドルバンド”像の解体と“バンドマン”像の再構築を告げる分水嶺となった。
収録アルバム
- 『5-1…非現実…』 (1992年) – 両曲収録(Track 5・12)
- 『HIT COLLECTION』 (1999年) – 「眠りにつく前に」を収録。ライナーノーツでは前述の官能的解釈が再掲されている。
長尺バラードと陽気なロックンロールという極端な二面性を一枚に封じ込めたこのシングルは、売上枚数より遥かに大きな“語り草”を残し、30年後の再結成ツアーでも重要曲として蘇った。作品タイトルどおり「眠りにつく前」に耳を澄ませれば、男闘呼組の“非現実”と“現実”が交錯する豊かなサウンドスケープが再び立ち上がるだろう。